フリードリッヒ・ベッカーFriedrich Beckerフランスとの国境にまたがるファルツ最南端の地
醸造所のあるシュヴァイゲン村は、ファルツ(上の地図の灰色の地域)の最南端に位置します。こちらの醸造所の面白いところは、所有している畑がフランスとの国境を跨いでいることです。フランスとの国境線に位置するがゆえに、歴史上何度も戦火に見舞われた地域でもあります。(画像:畑の中には等間隔に国境線を示す石が配置されています) 1871年までと、1918~1940年まではフランス領でしたが、1945年以降は、カナダの占領軍統治下にありました。ベッカーは、この複雑な事情から、30%の畑をドイツ、70%をフランスのアルザスに所有しています。戦後の混乱期、1955年の独仏両国の特殊な法律により、フランス領で栽培されたブドウを使用してもドイツワインとして販売することが可能となりました。 第二次世界大戦後、荒廃して焼け野原になったシュヴァイゲン村の復興を支え、ブドウ栽培農家をまとめ上げて一大協同組合を立ち上げたのが、フリードリッヒ・ベッカー氏の父上でした。戦後、甘口ワインを造る技術に長けており、造れば造るほど売れていた時代、協同組合の主力ワインも貴腐ワインでした。フリードリッヒ・ベッカー氏はそんな南ファルツの一大協同組合の跡取りとして期待されていましたが、石灰岩が隆起したシュヴァイゲン村の土壌と寒暖差のある気候に可能性を感じ、自らの大好きなピノ・ノワールに打ち込むために、周囲の猛反対を押し切って1973年に独立。0からのスタートとなりました。 さらに、豊かな森も所有しているベッカーでは、ワインの熟成に使用する樽の3分の2は、自己所有する森のオークを使用しています。ワインによって比率は変更されるものの、3分の1は地元ファルツのオーク、3分の2はフランス・ブルゴーニュ産のオークを使用しています。ファルツはブルゴーニュと比較して気候に寒暖差があり年輪の詰まった良いオークがとれるため、トップ・キュヴェにはファルツのオークが使用されています。 また、化学肥料に頼らない自然な農法を実践していることも特徴です。醸造では、2007年まで瓶詰前は卵白で赤ワインの清澄をしていましたが、2008年以降は、無濾過・ノンフィルターで瓶詰しています。 努力とセンス、情熱によりピノ・ノワールのTOP生産者に独立した当初は、貴腐ワイン用の甘いブドウばかり生産していた他の生産者からは「酸っぱくてまずいブドウ」のレッテルを張られ、激しい非難を浴びました。しかし、独立してわずか20年でワインにかける不断の努力とセンス、情熱により、ドイツのピノ・ノワールのトップに上り詰めました。そしてゴーミヨ誌にて前人未到の8度に渡る最優秀赤ワイン賞を受賞、ドイツのみならず、世界に名だたる生産者となりました。 現在もその頃の逸話にちなみ、エチケットにはイソップ物語「ブドウとキツネ」の童話の挿絵が使用されています。 「ブドウとキツネ」の童話のラベル『キツネが、たわわに実ったおいしそうなブドウを見つける。食べようとして跳び上がるが、ブドウはみな高い所にあり届かない。何度跳んでも届かず、キツネは怒りと悔しさで、「どうせこんなブドウは、酸っぱくてまずいだろう。誰が食べてやるものか。」と捨て台詞を残して去る。』 本当は、欲しくてたまらないけれども、手に入れられないものに対し、価値がないとみなしてあきらめることで、自分を納得させること。転じて、英語では「Sour Grapes」は「負け惜しみ」を意味する熟語でもあります。 赤・白ともに、目指すのは「世界一エレガントなワイン」「世界一エレガントなワインを造る」ことを目標に掲げ、果実味に溢れ、風味豊かな、一貫して美しいワインを生み出します。2006年「ゴーミヨ」で、今最も注目に値する醸造家に贈られる、「ライジングスター」賞を受賞して以来、現在はドイツワイン界の重鎮として知られており、2008年には、洞爺湖サミットでもベッカーのピノ・ノワールが使用され、来賓の方々を唸らせたことでも話題となりました。 赤ワインでの名声は不動のものとなったベッカー醸造所。戦前、ピノ系品種やゲヴュルツトラミナーなどの銘醸地だったシュヴァイゲン村周辺の名声を取り戻そうと、近年、石灰岩土壌由来のミネラル分をしっかりと感じる高品質な白ワインが注目を浴びています。赤ワイン同様、エレガントながらも余韻が細く長く続く、ベッカーさんらしい素晴らしいワインに仕上がっています。また、フリッツさんはリースリングにも注力しており、2012年からスタートした新しいリースリングのキュヴェ「ムッシェルカルク」はワイン雑誌ヴィノムにて最優秀辛口リースリングにも選ばれています。 |